月曜日、天気が良かったので自転車で出かけた。走り出したら北風が冷たい。でも、さすが冬の冷たさはもう無い。
御成街道、前回の続きを辿る。
金光院の先約200メートル、坂を下がって上がったところ。わずかだが旧道が残っている。
今の本道は手前で分かれて八街に向かう。6,7年前に左手に信号が出来て車はそこから御成街道にはいるようになった。写真のように10数メートルは街道らしさが残っているがその先は舗装拡幅された道がまっすぐ伸びている。
御茶屋御殿への入り口。東金16km 船橋22km とある。ここから約100m入ったところが御殿跡。
御茶屋御殿 案内板
御茶屋御殿表門脇。 薬研堀と言われる空堀が四角形に残る。
御茶屋御殿敷地跡
調査発掘の前はどんな状態だったか知らないが、今は平らな土地。向こう側、北北東側が裏門跡。右の方、東北に当たるところに井戸跡がある。本(東金御成街道)には逆の左隅に井戸跡とした図面が載っている。間違いだろうか。今残る井戸跡は丸く、セメントで固められて内部をのぞけない。形からしてあるいは後年のものかも知れない。
裏門跡 すぐ脇に大きな椿が花をつけていた。家康の時代からあったかどうか分からないが、これだけ大きい椿の木は珍しいだろう。
○幾百年御茶屋御殿の大椿 秋羅
まっすぐな街道 このあたり丘の上、畑の間を通るので街道が出来る限りまっすぐに作られたことが実感できる。街道は上総台地を通るのでいくつもの谷津を横断する。そこだけは急な上り下りがあるので、急勾配を避けてS字状に道を切ってある。
その谷津の一つを抜けたところ、この道の右側にラジコン機の飛行場がある。ここは昨年5月4日のブログで紹介した。昨日は月曜日なのでやっていないと思っていたが天気がよいので飛ばしている人が居た。夏は気温が高くてラジコン機のエンジンが冷えず、秋から春先がラジコン機のシーズンなのである。
反対側、左に約150メートルぐらい入ったところにペット霊園。昨年12月、愛猫”グレイ”を葬ったところ。
個々の墓に供えられた花は造花が殆どだが、合同墓には生花もかなりある。
グレイの冥福を祈って御成街道に戻る。
急で狭い坂道を下がって先へゆくと左に日蓮正宗本住山真光寺。
門の内に大欅あり。
富田分校入口。
20年ぐらい前、初めてここを通ったとき標示を見て、大きい千葉市に分校があるのかと驚いたが、この辺り交通の便が悪く千葉のチベットと言われたらしい。
また谷津があり中を鹿島川が流れる。
ここで写生した絵も昨年5月4日のブログに載せた。
川を渡ると長いのぼり坂、その途中右に大きい椎の木。多分これが「椎の古木」と言われる五番目の一里塚。
急な下りと上りがあって、その左に千葉市乳牛育成牧場。
千葉市乳牛育成牧場
牛は外に出ておらず牛舎にぎっちりと並んでいた。覗くと大きな顔が一斉にこちらを見た。
ここから先自転車では帰りが辛い。道も狭く車の往来が以前より激しく危険だ。日を改めて車で走ろう。
実は、リタイアまでの十数年は東金に勤務したので金光院から先は毎日通った道である。勿論御成街道ということは知っていたが、詳しい歴史を知って気を付けて見るとまた違ったものが見えてくるようだ。
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