友達のK君が10年以上行っていない故郷へ行く、車で行くので一緒にどうかと言うので同行した。
故郷は北陸の金沢。芭蕉が奥の細道の終盤に通った道である。というわけでこれは「北(ホク)の細道」。K君はまさに北さんで、こちらは野次馬気分というわけではないがお供したので題して「北の細道、ヤジ北道中」
朝7時start、湾岸道路から小菅、川口を通り関越道にはいる。
早朝ではなかったが途中渋滞もなく都内を抜けた。
約一時間強でパーキングに入り、腰を伸ばして運転を交代、ここからアッキィいやヤジが運転。
藤岡から上信越自動車道に向かい、新潟で北さんと運転を交代。北陸道を西へ向かう。
富山県に入ってすぐの越中境パーキングで丁度12時。
氷見うどんの昼食。うどんは細めで味は関西系というか金沢の味に近くて懐かしく且つ美味しかった。カメラを持って降りなかったのが残念。手帳にボールペンでスケッチしたが披露するほどで無し。
「ホクの細道」としたからにはやはり俳句を入れなけりゃいかんかなと、ここまでの感想を
○梅雨明けて白く続けり高速道 秋羅
梅雨明け宣言はまだ出ていなかったが、日差しは真夏。長野県を走っている間、まだ梅雨の名残の雲が山々にかかっていたが気持ちのいいドライブだった。
北陸道を金沢東インターで降りる。近道が出来ていると聞いていたがよく分からないので勝手知った道を走って、兼六園下を経由してお世話になる、これも旧友であり球友でもあるS君宅に着いたのが13時50分、途中の休憩も入れて千葉から約7時間弱のドライブだった。
我が家から約2キロで自動車道にのり、後は一般道路に降りることなく目的地近くまで走れるのだから大したもの。
無駄遣いが批判されている高速道路だが、業者との癒着や厚生費名目の自分勝手な使い方は論外で、さらに割高な建設費がのっかてくるから批判が集まる。経済性、採算性という考え方が行政には欠落している。
走ってみればまことに便利で、夜汽車に揺られた昔とは雲泥の違い。経済的に作り、出来るだけ料金を安くしてこそありがたみも増すというものだ。便利になった分高く払えと言うのは通らないでしょう。
とまあ、久しぶりに利用した高速道路の感想。
芭蕉が苦労した親不知、倶利伽羅峠も難なく走ったし、細道と題するのは芭蕉に申し訳ない気持ちである。
予想より早く着いたので一服の後、北さんの用事などを済ませた。
行き先は金沢の南西、手取川の向こう。昔の感覚だと随分距離があるのだが、今は小立野と寺町二つの台地を抜けるトンネルを走る山側環状線(通称は山環というそうだ)と言う道路があって簡単に行けた。市内にはまだまだ細い道が多いが外郭にはいい道が出来ている。
この日は長旅で疲れもあろうかとS君が自宅で歓待してくれ、早めに休んだ。
金沢にはまるまる三日間居たが、この後もすっかりS君ご夫妻のお世話になった。
滞在中のこと、順不同で書く。
三人とも酒は飲めるどころか、毎日でも決して断らない方だからかなり呑んだ。
芭蕉もかなり滞在したらしいが、ちゃんと句会にも出て句を詠んでいる。俳聖と比べるのは百年早いと言われそうだが、全くエライ違いだ。
兼六園と浅の川を挟んで向かい合う卯辰山(通称:向山)を回る。ここにはS君ご愛用のグランドゴルフ場がある。
望湖台 卯辰山の一番見晴らしのいい場所。河北潟が見えるので付いた名前だが、湿度の高い日で河北潟も日本海も霞んで肉眼では見えなかった。
○古里を見下ろす山や夏の雲 秋羅
○見晴るかす古里の街緑濃き 秋羅
S君が予約してくれた料亭「卯辰」で昼食。もう一人の旧友であり幼なじみのK君を誘ったのだが体調不良で欠席、残念だった。
眺めのいい小部屋で落ち着いて食事が出来る料亭。
料理も良かったが、ここで出た冷酒のお銚子が涼しげで気に入った。。
芭蕉が金沢で詠んだ句では「あかあかと日はつれなくも秋の風」が好きで、句碑がこの卯辰山にあったと思い帰ってから調べたら犀川の方にあるらしい。鏡花の碑と勘違いしていたようだ。
鏡花の句は「はゝこひし夕山桜峰の松」
大乗寺 金沢でもっとも大きな寺の一つ。ここに北さんの姉君の墓があり、折しも金沢はお盆の時期なので墓に参る。金沢は桃の節句も端午の節句も月遅れだが(今でもそうだと思う)お盆は昔から7月である。
本堂に向かう参道両側に大きな鉢に蓮が植えてあり花が咲き始めていた。
○寺に吹く風さわさわと花はちす 秋羅
○山寺に吹く風さやと暑気払ふ 秋羅
金沢ではお盆に切り子を墓前に手向けるが、これが後でゴミの山になるので最近はお札型が多くなったそうだ。
ヤジの方は兄弟がこちらにいるので、兄や妹を訪ねて一夕会食。姪も二人同席して賑やかだった。
○盆供養うからと語る一夜かな 秋羅
○盆切子父母のこと語り継ぐ 秋羅
富山にいる親友で俳句のメールをよく交わしているHくんに金沢へ来て貰い、駅近くで昼食を取りながら話す。(彼のことは昨年のブログで勝手に文玄と俳号を付けて紹介したことがある)
俳句ではヤジが少し先輩だから、メールでは書ききれないことを講釈垂れた。
俳句のことはともかく、彼の名誉のために記すと声量が豊かで高校時代は合唱部の中心、オペレッタを上演した時は主役を務めた。今は宝生流の謡をやっているとのこと。
金沢21世紀美術館。近年有名になった美術館を見る。
「ポーラ美術館コレクション」展を開いていて、モネ・ルノワール・マティス・ピカソなどの絵が見られた。
最後の夜はやはり香林坊を見ておかねばと三人で繰り出した。
香林坊から片町、人が多いのに驚く。さすが北陸一の都会、仙台の一番町にも負けないだろう。
と言うことで挨拶句を
○暑き夜を香林坊に人多き 秋羅
○梅雨明けて片町通り人の波 秋羅
場所は変わっていたが昔来たことがあるおでん屋で軽く一杯。
北さんと金沢では泥鰌の蒲焼きが食いたいなと言っていたのだが、これは果たせなかった。
金沢へ向かう前思い出して ○金沢はどぜう蒲焼き匂ふ頃 と詠んでいたが残念。
泥鰌蒲焼きは金沢の夏の風物詩、蒲焼きと言えば泥鰌と金沢では決まっていた。
滞在中の新聞に燃料などの高騰で今年はひと串10円アップの100円になりそうだと出ていた。国産の泥鰌もごたぶんにもれず減っているそうだ。
泥鰌蒲焼きはなかったが、このおでん屋で食べた泥鰌の唐揚は旨かった。
それと冷や奴、滞在中二回食べたがやはり絹ごし豆腐は金沢が旨い。
S君馴染みのスナックでカラオケ。二時間ぐらい居たが貸し切り状態で、三人で交互に歌った。
帰る日は朝九時スタート、富山県の小矢部ジャンクションで北陸道から東海・北陸道に向かう。
この高速道路は7月初めに全通したばかり。山の中を通るので景色が良いかとヤジが提案したのだが、殆どトンネル。日本の脊梁山脈を横断するのだから無理もないが、予想外だった。
岐阜県内で降りれば白川郷など観光地があるが、通過するだけでは夜走っているようなもの。
一服したひるがの高原サービスエリアでは眺望が開けて、スキー場のある山が見えたぐらいだった。
豊田インターチェンジで東名高速にはいる。
以降首都高にはいるまで渋滞無く順調に走り、湾岸から京葉道路を経由して17時半頃無事帰着した。
行きが約520キロ、帰りは約630キロ。東海・北陸道が出来て東名回りでもあまり違わないかと思ったが100キロ近く長かった。
それにしても、北さんもヤジも車を転がしてゆくだけの元気がまだあって良かった。ヤジは今年免許更新で手続きをした。北さんも後3ヶ月更新だという。お互い免許の更新もあと1回ぐらいかも知れぬ。良い時に走ったと思う。
因みに帰った翌日はヤジの誕生日、これで後期高齢者の方に分類された。
シャクだからついでに加える。
○否応なく後期高齢土用入り 秋羅
○高貴でなく後期高齢夏に入る 秋羅
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